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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)2263号 判決

原告

宮崎勝元

ほか一名

被告

日本タクシー株式会社

主文

一  被告は、原告宮崎勝元に対し、金五二〇万四四〇〇円並びにうち金四七五万四四〇〇円に対する昭和五〇年五月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員及びうち金四五万円に対する昭和五二年四月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告宮崎三千栄に対し、金三一〇万〇八〇〇円及びこれに対する昭和五〇年五月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告宮崎勝元と被告との間に生じた分は、これを五分し、その三を同原告の、その余を被告の各負担とし、原告宮崎三千栄と被告との間に生じた分は、これを三分し、その二を同原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告宮崎勝元(以下「原告勝元」という。)に対し、金一三二二万〇四〇〇円並びにうち金一二四二万〇四〇〇円に対する昭和五〇年五月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員及びうち金八〇万円に対する本判決言渡の日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告宮崎三千栄(以下「原告三千栄」という。)に対し、金九六二万九〇七六円及びこれに対する昭和五〇年五月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四五年九月一五日午前一時四〇分頃

2  場所 守口市竜田通一丁目二二番地先国道一号線八島町交差点(以下「本件交差点」という。)

3  加害車 普通乗用自動車(タクシー)(大阪五い三〇三二号)

右運転者 訴外森川崇文(以下「訴外森川」という。)

4  被害者 原告勝元

5  態様 本件交差点を右折すべく、対向車の通過を待つため前車に続いて同交差点内に停止していた原告勝元運転車両(普通乗用自動車)(以下「被害車」という。)に加害車が追突し、被害車は、その衝撃で右前方に押し出され、停止中の前車に追突し、更に、対向して進行してきた大型貨物自動車に衝突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

(一) 訴外森川は、被告の従業員で、事故当時被告の業務の執行として加害車を運転していた。

(二) 訴外森川は、時速約五〇キロメートルの速度で現場付近道路を北進し、本件交差点に差し掛かろうとしたところ、約三九メートル前方の自車線上に被害車が停止しているのを認めたため、進行車線を左側に変更して被害車の左側方を通過して進行を続けようとしたものであるが、その際、左側車線を走行する車両があつて車線変更が行いえなくとも被害車に追突する事態を避けられるように、前方を注視するばかりでなく、後行車の動静をも注視し、できる限り早く車線変更の妨げとなる車両の有無を確認し、適宜減速を行うなどして事故の発生を未然に防止すべきであつたのに、後行車の動静を注視することなく、漫然前記速度のまま進行を続けた過失により、自車後方の左側車線上を普通貨物自動車が進行してくるのを発見するのが遅れ、同車を認めて車線変更を行いえないことを知り、被害車に約八メートルの距離まで接近してはじめて急制動の措置を講じたが間に合わず、本件事故を発生させたものである。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

外傷性頸部症候群、腰部打撲傷、腰部脊髄損傷

(二) 治療経過

事故当日から昭和四五年一一月一五日まで野川病院に入院し、同月一六日から昭和四六年一月八日までの間に九日大阪赤十字病院に通院した後、同月三〇日から右大阪赤十字病院に入院し、治療を続けている。

(三) 後遺症

右下肢が完全に麻痺し、左下肢も、運動は若干可能であるが支持力が全くなく、体幹にも支持力がないため、立つたり坐つたりすることができない。また、排尿が困難で、がんこな頭痛、めまいも残つている。以上の症状について、回復の見込みは全くない(後遺障害別等級表一級に該当する後遺障害である。)。

2  入院雑費(原告勝元) 四二万〇四〇〇円

原告勝元は、昭和四八年一二月一五日から昭和五一年四月一〇日までの入院中一日五〇〇円の割合による合計四二万〇四〇〇円の入院雑費を要した(昭和四八年一二月一四日以前の入院雑費については、大阪地方裁判所昭和四六年(ワ)第五九一〇号損害賠償請求事件訴訟(以下「前訴」という。)において、被告に対し請求済みである。)。

3  付添費(原告三千栄) 七四二万九〇七六円

原告三千栄は、原告勝元の妻として、本件事故以来原告勝元の付添看護を行つてきたものであるが、原告勝元に前記のとおり終生介護を要する後遺障害が存するため、今後も原告勝元が死亡するまで、毎日わずかな睡眠時間を除きほとんど終日かかりきりで同原告の付添看護を行わなければならず、その間、少なくとも一日二〇〇〇円の割合による付添費相当の損害を被るものと解されるところ、原告勝元は、昭和四八年一二月一五日現在五五歳で、同日から昭和四八年簡易生命表同年齢男子の平均余命年数(二〇・七二年)と同程度の期間存命すると考えられるから、原告三千栄が昭和四八年一二月一五日以降被るべき将来の付添費相当の損害額を一括ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、七四二万九〇七六円となる(昭和四八年一二月一四日以前の付添費については、前訴において、原告勝元が被告に対し請求済みである。)。

4  慰藉料

(一) 原告勝元 一二〇〇万円

原告勝元の受傷・後遺障害の内容・程度は前記のとおりであり、同原告がほとんど横臥したまま長期の入院生活を余儀なくされていることなどをも合わせ考えると、同原告の慰藉料額は一二〇〇万円とするのが相当である(同原告は、前訴において、被告に対し、慰藉料請求を行つているが、右請求は、昭和四八年一二月一四日までの入通院に対する慰藉料であることを明示してなされたものであり、同原告が本訴において請求するのは、昭和四八年一二月一五日以降の入院及び後遺症に対する慰藉料である。)。

(二) 原告三千栄 二〇〇万円

原告三千栄(昭和五年一月一四日生)は、昭和三〇年原告勝元と婚姻し、本件事故前は、貴金属販売の内職等により若干の収入を得るほかは原告勝元の収入により生計を立てていたものであるが、本件事故により、頼るべき夫である原告勝元を回復の見込みの全くない廃疾者にされてしまつたばかりか、事故後は終日勝元の付添看護にあたり、今後とも長期にわたり同人の看護を続けていかなければならない境遇に置かれているものであり、原告三千栄が被つている精神的苦痛の程度は、原告勝元が死亡した場合のそれに劣らないものというべきであるから、原告三千栄は、被告に対し、少なくとも二〇〇万円の慰藉料請求権を有するものと解するのが相当である。なお、原告勝元の受傷により同原告の近親者として固有の慰藉料請求権を取得するのは、右の各事情からして原告三千栄のみと解すべく、原告勝元の子は、右固有の慰藉料請求権を取得しないものというべきである。

5  弁護士費用

原告らは、本訴提起前被告に対し、本訴請求の損害を賠償するよう申し入れたが、被告がこれに応じない態度であつたため、やむなく弁護士に委任し、本訴を提起するに至つたものであり、原告らは、本件事故により本訴に要する弁護士費用相当の損害を被つたものというべきところ、その額は、原告勝元については八〇万円、原告三千栄については二〇万円とするのが相当である。

四  結論

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は、不法行為の日の後である昭和五〇年五月二九日以降(ただし、原告勝元の弁護士費用に対する分についてのみ、本判決言渡の日以降民法所定年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

請求原因一は認める。

同二も認める。

同三の1のうち(一)、(二)は認めるが、(三)は不知。

同三の2は争う。原告勝元は、前訴判決(昭和四九年六月一七日言渡)において、事故時から昭和四八年一二月一四日までの一一一二日間の入院につき一日三〇〇円の割合による合計三三万三六〇〇円の入院雑費分の請求を認容され、判決後被告より右認容額全額の支払を受けているものであり、同原告が前訴判決において入通院に対する慰藉料分一〇〇万円の請求も認容され、前記入院雑費分と同様判決後被告より右認容額全額の支払を受け、更に、本訴においても慰藉料請求をしていることなどをも考え合わせると、昭和四八年一二月一五日以降八四八日間もの長期にわたり一日五〇〇円の割合による入院雑費を要し、同額相当の損害を被つているとの原告勝元の主張は認め難い。

同三の3も争う。原告勝元は、既に二年以上にわたり機能回復訓練を受けており、将来右訓練を続けていつた場合、同原告が車いすにすわり自力で移動することができるようになる可能性もあり、機能回復が進むにつれて原告三千栄が原告勝元の付添看護に費やす時間・労力は減少するものと考えられるから、原告三千栄が要すると主張する将来の付添費の額は過大である。

同三の4の(一)も争う。原告勝元の昭和四八年一二月一五日以降の入院に対する慰藉料額の算定にあたつては、同原告の症状が同日以前に既に固定し、同原告は、同日以降機能回復訓練を除いては手術等特段の治療を受けることなく入院を続けていること等の事情をしんしやくすべきであり、また、後遺症に対する慰藉料についても、原告勝元の年齢、事故発生時期等を考慮に入れて額の算定がなされるべきである。

同三の4の(二)は否認する。原告勝元の後遺障害の程度、治療経過(現在、機能回復訓練中である。)などからして、原告三千栄は、原告勝元の受傷について、被告に対し、固有の慰藉料請求権を有するほどの精神的苦痛を受けているものとはいえない。

なお、原告勝元には二人の子があるところ、仮に原告三千栄に慰藉料請求権があるとすれば、右二人の子も、原告三千栄と同様、原告勝元の近親者として同原告の受傷につき固有の慰藉料請求権を有するものというべきであるから、原告三千栄の慰藉料額は、原告勝元の近親者に認められるべき慰藉料総額から右二人の子の慰藉料額を差し引いた額とするのが相当である。

同三の5も否認する。被告は、前訴判決後原告らから適正な損害賠償請求がなされれば、前訴判決をしんしやくしてこれに応ずるつもりであつたところ、原告らは、事前に被告と交渉することなく、本訴を提起するに至つたものであり、被告は、原告らの請求を不当に抗争し、原告らをして本訴提起を余儀なくせしめたものではない。仮にそうでないとしても、原告らは、前訴判決により、被告に対する本件事故による損害賠償請求権の存否につき一部裁判所の判断を得ているのであるから、本訴に要する弁護士費用の額は、前訴におけるそれよりも少額で足りるはずである。

第四被告の主張

一  時効(請求原因三の3の損害について)

原告三千栄は、事故当時既に請求原因三の3主張の付添費相当の損害賠償請求権(以下「付添費請求権」という。)の有無を判断する基礎となる本件事故の加害者、原告勝元の受傷の程度等の事情を確知していたものであるから、付添費請求権の消滅時効は、本件事故が発生した昭和四五年九月一五日から進行するものというべきであり、仮にそうでないとしても、原告三千栄は、原告勝元が昭和四六年三月一九日頸椎前方固定術を受けた後歩行ができなくなり、終生介護を要する状態になつたことを同日頃確知したものであるから、付添費請求権の消滅時効は、昭和四六年三月一九日頃から進行するものというべく、いずれにしても、付添費請求権は、本訴提起時既に時効の進行開始後三年の経過により消滅していたものと解するのが相当であり、被告は、昭和五一年八月三一日の本件口頭弁論期日において、付添費請求権につき右消滅時効を援用した。

二  過失相殺

原告勝元は、昭和四六年三月頃までは他人の介助により歩行・通院が可能であつたところ、その後大阪赤十字病院の手術その他の治療上の過失により症状が悪化し、終生起立・坐位・歩行不能の状態となつたものであるから、右治療上の過失を原告ら側の過失として、原告らの損害賠償額の算定にあたり過失相殺を行うべきである。

三  弁済

被告は、原告勝元に対し、昭和五一年一〇月二九日本件損害金の内金として一〇〇万円を支払つた。

第五被告の主張に対する原告らの答弁

同一は争う。原告三千栄が、事故当時の原告勝元の受傷状態から、勝元が請求原因三の3記載のように終生自己の付添看護を要することになるであろうと予想することは不可能であつた。また、原告勝元の症状は、昭和四六年三月一九日頸椎前方固定術を受けた直後に固定したものではないから、同日頃原告三千栄が、勝元が終生付添看護を必要とすることになるであろうと予想することも不可能であつた。原告三千栄の付添費請求権の消滅時効は、原告勝元の症状が固定し、後遺障害の内容・程度が将来の付添費相当の損害の発生を予見し、その額を算定しうる程度に明らかになつた時点から進行を開始すると解するのが相当であるところ、右時効進行開始時点は、いかにさかのぼらせても昭和四八年一〇~一一月頃と解されるから、本訴提起時(昭和五〇年五月一六日)及びその後の訴の追加的変更申立書提出時(昭和五一年二月一七日)において、付添費請求権の消滅時効が完成していなかつたことは明らかである。

同二も争う。

同三は認める。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生及び責任原因

請求原因一の事実及び二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告は、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

二  損害

1  受傷、治療経過等

請求原因三の1の(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第六号証、第七号証の一ないし三、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第二、第三号証、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告勝元は、現在、体幹に支持力がないなめ、坐位を保持することができず、また、両下肢の弛緩性麻痺(左下肢は、いくらか運動が可能であるが支持力を全く欠き、右下肢は、完全に麻痺している。)のため、起立及び歩行が不可能な状態にあり、更に、膀胱・直腸障害のため、排尿・排便が困難であるほか、頭痛・めまい等のがんこな神経症状をも残存させていること並びに右各症状は、後遺障害として固定し(最終的に昭和五〇年四月頃固定)、回復の見込みがない(ただし、頭痛・めまい等の神経症状については、経験則上将来軽快する可能性があると考えられる。)ことが認められる。

2  入院雑費(原告勝元) 二五万四四〇〇円

原告勝元の入院状況は、前述したとおりであり、前掲甲第二号証、原告三千栄本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、右入院は、少なくとも昭和五一年四月一〇日以降まで継続しているものと認められるところ、原告勝元の入院期間(昭和五一年四月一〇日までに合計一九六〇日に達している。)その他の事情を考慮すると、経験則上、原告勝元は、昭和四八年一二月一五日から昭和五一年四月一〇日までの八四八日間の入院中、一日三〇〇円の割合による合計二五万四四〇〇円の入院雑費を要したものと認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

3  付添費(原告三千栄) 一三〇万〇八〇〇円

原告勝元の入院がいつ頃まで続くのか(あるいはいつまで続いたか)は、証拠上明らかでないが、前認定の同原告の後遺障害の程度・態様及び原告ら各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、原告勝元は、入院期間中であると否とを問わず、昭和四八年一二月一五日以前から終生ほとんど寝たきりの生活を強いられ、身体の移動、排尿・排便、着替えその他の日常生活上の行為につき他人の介護を要する状態が続き(前掲甲第二号証、第七号証の三、原告ら各本人尋問の結果によれば、原告勝元は、大阪赤十字病院入院後、主として握力及び上肢の筋力をつけるための機能訓練を続けていることが認められ、右訓練を続ければ、将来独力で車いすを使用することができるようになる可能性がないではないが、その場合でも、体幹の支持力がないため、特殊な補助具を体幹部に着装してもらつたうえ、身体を車いすまで運んでもらわなければならない点は、将来も変わることがないであろう。)、そのため、原告三千栄は、その妻として、少なくとも昭和四八年一二月一五日以前から口頭弁論終結の日であること本件記録により明らかな昭和五一年一二月二日までの間同原告の付添看護をすることを余儀なくされたものであつて、経験則上、昭和四八年一二月一五日から昭和五一年一二月二日までの間少なくとも一日平均一二〇〇円、合計一三〇万〇八〇〇円の付添費相当の損害を被つたものというべきである。しかし、原告三千栄が将来とも原告勝元が死亡するまで同原告の付添看護を継続して行うものと推認することはできないから、原告勝元が自らその将来の付添費相当の損害金を求めるのであればこれを認容しうる余地があるが、原告三千栄の損害としてこれを求める同原告の主張は採用することができない。

4  慰藉料

(一)  原告勝元 五五〇万円

本件事故の態様、原告勝元の受傷・後遺障害の内容・程度、治療経過、同原告の年齢等の事情に、前掲甲第一号証によれば、同原告は、前訴判決において、昭和四八年一二月一五日以降の治療経過及び前記の後遺障害の存在を除いた事情を基礎として一〇〇万円の慰藉料を認容されていると認められることをも合わせ考慮すると、原告勝元の慰藉料額は、五五〇万円とするのが相当である。

(二)  原告三千栄 一五〇万円

原告三千栄は、本件事故のため、夫である原告勝元が受傷し、前記の後遺障害を負う体となつたことによりきわめて強い心痛を受けていると解されるばかりでなく、前掲甲第一、第六号証、原告ら各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告三千栄は、本件事故後原告勝元の入院中、病院に泊り込みで同原告の付添看護を続けてきたことが認められ、今後も同原告の付添看護に携わることになるであろうし(ただし、原告勝元の死亡まで継続して付添看護を行うものと推認することのできないことは前に述べたとおりである。)、原告勝元の後遺障害の内容・程度と原告三千栄の付添看護の内容・程度等をも合わせ考慮すると、原告三千栄は、本件事故により、原告勝元が生命を害された場合に比し、著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けているものというべく、従つて、原告勝元の近親者として、被告に対し、固有の慰藉料請求権を有するものであるところ、その額は、右諸事情に照らし、一五〇万円とするのが相当である(なお、被告は、原告三千栄が慰藉料請求権を有するとすれば、原告勝元の子も同様に、同原告の近親者として固有の慰藉料請求権を有するはずであるから、原告三千栄の慰藉料は、相対的に減額されるべきである旨主張するが、原告勝元の子が固有の慰藉料請求権を有するのは、その者が、原告勝元が生命を害された場合に比し著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けた場合に限られるものと解すべきところ、本件全証拠によるも、右の程度の精神的苦痛を受けた原告勝元の子が存するとは認められないから、被告の右主張は採用し難い。)。

三  時効の抗弁

民法七二四条前段によれば、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害及び加害者を知つた時点から進行を開始し、その期間は三年である旨定められているが、右条項の趣旨(不法行為による損害賠償請求権の特殊性に鑑み、一方において、被害者が損害の発生を主観的に認識しうるまで時効は進行しないとすることにより、被害者の救済を確保するとともに、他方において、被害者が損害の発生を認識した後は、請求権を短期消滅時効にかからしむることにより、法律関係の早期確定を図る趣旨であると解される。)に照らし、被害者が「損害を知つた」といいうるためには、被害者が何らかの損害が生ずることを認識しただけでは足りず、社会通念上その損害額の大要を算定しうる程度に、被害者が右算定の根拠となる事実を認識することを要すると解すべきであり、従つて、本件における原告三千栄の付添費請求権の消滅時効は、原則として、同原告において、原告勝元の症状がほぼ固定したことを知り、後遺障害の態様、程度等から、原告勝元が将来付添看護を要する状態であること及び予想される付添看護の程度を把握しうるに至つた時点から進行を開始するものというべきところ、原告勝元の治療経過の概要は、前認定のとおりであり、更に、前掲甲第一、第六号証、第七号証の一ないし三、成立に争いのない乙第一号証、原告ら各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告勝元は、大阪赤十字病院において、二か月ほど機能回復訓練を行つた後、昭和四六年三月一九日頸椎前方固定術を受け、引続き約一年近くにわたりギブスベツドに入つたまま治療を受け、その後昭和四八年頃から再度機能回復訓練を行つてきたこと、同原告は、事故直後は人の補助があれば(その人の手につかまるなどして)歩行できる状態であつたが、その後徐々に手足が動きにくくなり、検査の結果症状の悪化を防ぐため前記固定術を受けたものの、ギブスベツドを出た後は歩行が不可能な状態となつたこと、同原告の症状が最終的に固定したのは、前認定のとおり昭和五〇年四月頃であるが、大阪赤十字病院における同原告の担当医師である史順根は、昭和四八年一一月九日の時点において、同原告の両下肢麻痺の障害については、回復の見込がほとんどないものと判定し、その旨を同日付の診断書(甲第七号証の二)に記載していること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告三千栄は、史順根医師が右診断書を作成した昭和四八年一一月前後頃に、原告勝元の症状がほぼ固定したことを知り、同原告が終生前認定の程度の付添を要する状態であることを把握しうるに至つたものというべきであつて、昭和四八年一一月より相当前の時点で、既に原告勝元の症状がほぼ固定し、これを原告三千栄が認識していたものとは解しえず、他にこれを認定しうるに足る証拠は存しない(被告は、原告三千栄の付添費請求権の消滅時効は、同原告において、原告勝元が歩行できなくなつたことを知つた時から進行すると解すべきである旨主張するが、事後的に見て、ある時点以降症状に特段の変化が認められない場合でも、その時点が、将来の症状回復の見込みがないと判定しうるに至つたという意味での「症状固定時」とは必ずしも一致しないものであること、医学的知識に乏しい一般人にとつては、原則として、医師の診断により被害者の症状が固定したことを認識するに至るものと解すべきところ、前認定の原告勝元の受傷・後遺障害の内容、治療経過及び同原告の症状の推移などに照らしても、原告勝元の症状は、例外的に、原告三千栄がその固定時期を医師の診断を待たず自ら明らかに判断しうる態様のものであつたとは到底認められないことなどからして、被告の右主張は採用し難い。)。

もつとも、症状が未だ固定せず、従つて、その回復の可能性が残されている時点においても、従来の症状の推移などからして、将来のある時期まで、付添の必要性がなくなるか、あるいは著しく減ずるほどの症状回復が望めない場合には、その時期まで従前と同様の付添看護を要する状態が継続するものと予想することは可能であり、その場合には、少なくとも付添費請求権の一部については、症状固定を待たずに消滅時効が進行し始めるものというべく、本件においても、原告三千栄が症状固定時前に原告勝元の要付添看護状態の継続をどの程度予想していたか、より具体的にいえば、原告三千栄が、本訴提起日(それが昭和五〇年五月一六日であることは、記録上明らかである。)の三年前にあたる昭和四七年五月一六日より前の時点で、昭和四八年一二月一五日以降まで原告勝元の要付添状態が継続するものと予想していたのかどうか(予想していたとすれば、少なくとも昭和四八年一二月一五日以降の一定期間内の付添費請求権は、本訴提起前に、三年間の時効期間の満了により消滅してしまつていることになる。)が一応問題となる。しかしながら、前認定の原告勝元の治療経過や症状の推移、殊に、同原告が昭和四六年三月頸椎前方固定術を受ける前は他人の補助により歩行しうる状態にあつたこと及び同原告が右手術後のギブスベツド固定を解かれたのは、昭和四七年に入つてからと認められること等の事情からすると、原告勝元が右ギブスベツドを出た後歩行できなくなつたことを考慮に入れても、前述のとおり医学的知識に乏しいと考えられる原告三千栄が、原告勝元がギブスベツドを出てから間もない昭和四七年五月一六日前後の時期に、それより一年半あまり後の昭和四八年一二月一五日以降まで原告勝元の症状が回復せず、従前と同様付添看護を要する状態が続くものと予想することは著しく困難であつたというべきであり、実際にも、原告三千栄は、そのような予想をしていなかつたものと推認するのが相当である。

なお、本件記録によれば、原告三千栄は、昭和五一年二月一七日提出した訴の追加的変更申立書(以下「変更申立書」という。)において、初めて、昭和五一年四月一一日以降の付添費相当の損害の賠償を請求するに至つたものであることが認められるから、右昭和五一年四月一一日以降の分の付添費請求権の消滅時効が中断されたのは、本訴提起時ではなく、右変更申立書提出時であると解する余地もあり、右の見解に従えば、原告三千栄が、変更申立書提出時の三年前にあたる昭和四八年二月一七日より前の時点で、昭和五一年四月一一日以降まで原告勝元の要付添状態が継続するものと予想していたと認められる場合には、昭和五一年四月一一日以降の分の付添費請求権のうち時効により消滅した部分が存することになる。しかしながら、証拠上、前記昭和四七年五月一六日前後から右昭和四八年二月一七日前後までの間に、原告勝元の要付添状態がいつまで継続するかについての原告三千栄の予想を大幅に変じさせるような状況の変化(原告勝元の症状の変化や医師の新たな診断等)が存したとは認められず、従つて、他に特段の事情のない本件においては、前記のとおり、昭和四七年五月一六日前後の時期に、それより一年半あまり後まで原告勝元の要付添状態が継続するものとは予想していなかつたと解される原告三千栄としては、昭和四八年二月一七日前後の時期に、それより三年あまりも後の昭和五一年四月一一日以降まで原告勝元の要付添状態が継続するとの予想もまたなしえなかつたものというべきである(原告勝元の歩行不能状態が長引くにつれて、原告三千栄が、原告勝元の回復が遅れるのではないかとの危ぐの念を強めていつたであろうことは、推認するに難くないが、他の状況に変化がなかつた以上、右の一事をもつて、原告三千栄が予想しうる原告勝元の将来の要付添状態継続期間が、昭和四七年五月以降昭和四八年二月までの間に急激に増大していつたものとは解し難い。)。

以上検討したところによれば、原告三千栄の付添費請求権は、その全部につき本訴の提起により、あるいは変更申立書の提出によりその消滅時効が中断されたものというべく、結局、被告の時効の抗弁は理由がない。

四  過失相殺

原告勝元の治療経過は前認定のとおりであるところ、大阪赤十字病院の治療に不十分な点があつたため同原告の症状が悪化し、かつ、右治療上のミスが同原告の過失行為に起因するものであつたことを認めるに足りる証拠はないから、被告の過失相殺の主張は採用し難く、事故の態様、発生状況は請求原因一の5、二の2の(二)のとおりであり(この点当事者間に争いがない。)、証拠上本件において、原告らの損害賠償額の算定にあたり過失相殺をなすことを相当とすべき事情は認められない。

五  弁済

被告の主張三の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告勝元の損害額から一〇〇万円を差し引くと、同原告の残損害額は、四七五万四四〇〇円となる。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対し、本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、原告勝元において四五万円、原告三千栄において三〇万円とするのが相当であると認められる。

七  結論

よつて、被告は、原告勝元に対し、金五二〇万四四〇〇円並びにうち金四七五万四四〇〇円に対する本件不法行為の日の後である昭和五〇年五月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金及びうち金四五万円に対する本件不法行為の日の後である昭和五二年 月 日以降完済に至るまで前同割合による遅廷損害金を、原告三千栄に対し、金三一〇万〇八〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五〇年五月二九日以降完済に至るまで前同割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 大田黒昔生 畑中英明)

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